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孤独とよわさ。それが…  

「人は孤独で、よわい」 

複業してから長い時間、その思いを抱えながら、
ブログやメルマガを書き、起業家として生きてきた。
なぜ、そう感じているか?
それは、わたし自身が、孤独で、よわい から。
もう、17年も前になる。

忘れもしない7月11日。
享年56歳で亡くなった母の命日だ。

当時、一瞬そこがどこか、わからなくなり
頭の中が、漆黒の奈落の様な感覚になった。
悲しい、、、というより、強い孤独感がおそわれた。
いま、この自分の足の下には何もない、
自分の生まれて来た道を失った。
という思いに、なぜか心をつかまれた。

自分は、いままで、いったい何を根拠に、
こんなに、ノホホンと、人生の眠りを
むさぼっていたのか。(当時31歳)
疑うことなく自分のすべてを委ねていた場所の

なんて頼りなくて、
なんて不透明で、
なんて不確かなことであろうか。
(当時、わたしは会社員)

この感覚は、いまも日常生活でよく感じる。

生きていることの心細さが、
たまらない孤独感が、むき出しになる瞬間だ。
からきし意気地がなくなる。
あんなに磐石にみえた生活やビジネスに、
確かなものなど何ひとつない。

そんな気がしてくることがある。

こころの視点を、ちょっと変えると、
何もかもが不安定に感じてしまう。

もう、この世界には、
自分を心から、庇ってくれる、
守ってくれる、柔らかく、暖かい、
母の如き、存在はない。

わたしという、ひとり、が、
無防備で、素っ裸で、世界に、
立ち尽くしているような心地になる。
「わたしは、孤独で、弱い」
だから「応援」「励まし」の世界は、
魂レベルに、染み渡ってくる。
アメリカの起業家
ジェフ・ウォーカーの言葉を思い出す。

「起業家は世界の宝だ」 

起業家やクリエイターは、
人々を鼓舞しなぐさめ、
ときには叱咤し勇気づける存在だ。

思い通りにいかない社会の壁の前で、
自分らしく生きるために、
けんめいにもがく幾つもの人生に
「がんばろう」とエールを送る。

人の弱さや心細さを知るのが
起業家でありクリエイターなのだろう。

起業家やクリエイターが創る、
クリエイティブやコンテンツは、
人を幸せにするため生み出される。

わたしたちを必要としてくれる人に、
寄りそい
心の言葉をすくいとり、
眼前に、希望の火を灯して
永くつづく未来への道を照らす。

それが、クリエイティブやコンテンツだ。

人への役立ちのためである。

人を助け、人を育て、人を守り、
人を愉快にし、人に希望を提供するため。

すべての、コンテンツの発信源は、
「人を社会を幸せにする」にある。

人や社会を幸せにするために、
特別な才能や、際立った個性など不要だ。

ビジネスの世界で突き抜けた実績の人、
パブリックスピーチの達人、
有識者やスキルのとても高い人、

そういった方々はもちろん存在する。

自分を表現することに長けた、
アーティストのようなビジネスパーソンだ。

でも、いまの時代に貴重なのは、
「際立った個の表現」より、
「何者でもない私たちの心の声」だ。

「何者でもない私たちの心の声」の種、
それは、「誰かを幸せにすること」
フォーカスするクリエイティブマインドだ。

これからの時代は「感情労働」が、
プロフェッショナルに不可欠だと、
アメリカのマーケターで著者の
セス・ゴーディンも述べている。
(元、Yahoo!副社長)

「感情労働」とは、
いいかえるならば「共感ベース」
社会を、人々を幸せにする働き方だ。

孤独感や弱さを受け入れることで、
その寂しさと引き換えに、
静かに考え、自分をみつめ、
人と社会を幸せにする「共感ベース」の
クリエイティブやコンテンツという
「聖剣」を生み出すことができる。

そう思うと、
自分の孤独感も弱さも、
まんざら悪いものとは思わなくなる。

孤独は、ときには、美しい。
思えば、孤独が”想像の翼”を創るのだから。

@東京有明の秘密基地から 菅畠 斉伸